札幌市にあるお寺、竹韻精舎蔵王寺では、法話、祈祷、供養、を毎月行っています。  
   
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札幌市のお寺で行っている今月の法話


   2019年3月    三輪清浄の大切さ 今月の法話を音声で聞く
   

三輪清浄の大切さ  

 本日は足元の悪い中、ご参拝頂きまして誠に有難う御座います。

 早いもので今年も3月に入り、彼岸を迎える月となりましたので、日もだんだん長くなり、春の気配を感じられる季節になりました。

 菩薩に課せられた6つの実践徳目を六波羅蜜と申しますが、その第一番目に掲げられているのが布施行です。布施とは在家の人々が出家行者や寺院・教会に財物などを施す事ですが、皆様が行っています身近な布施行とし致しましては、月参りに来られるお坊さんにお渡しする御布施が御座います。

布施には今お話ししました金銭を施す財施の他に法施や無畏施が有ります。一般的には信者さんからの財施に対し、僧侶は読経による供養や法話などを施し互いにバランスを取っていますが、仏教ではこの財施と法施のやり取りに際し、三輪清浄が大切だと教えています。

 先ず布施する人は私利私欲や特定の目的の為に施してはいけないのです。そして、布施として施す財物が不当に得た物であってはならないのは勿論の事ですが、布施を受ける僧侶は布施を受けるにふさわしい行いをしている事が前提になります。このように施す人と施す施与品、更にはそれを受け取る僧侶が共に清浄でなければ布施本来の行為とはならないと説いているのです。このように三者が全て清浄で始めて布施行は成立するのであり、どれ一つ欠けても布施にはならないと教えています。

 江戸時代に臨済宗再興の祖として活躍した白隠禅師の師僧だった至道無難禅師は「お金は天下の宝である。悪人が持てば人を苦しめ、自分も苦しむ事になるが、善人が持てば人を助け、自分も楽しむ事が出来る」と教えています。そして、「布施する者はたとえ千貫・万貫の布施も三銭と思って出せ。受け取る僧侶は万貫の布施も三銭を思って受け取らなければ、後世は畜生になる事疑い無し」と力説しています。お金が全てを左右するような風潮が強くなりつつある今日、とても重い言葉のように感じられてなりません。

 私も宗教家の末席を汚す者と致しまして、三輪清浄の教えを肝に銘じ日々精進を重ねて参りたいと願っています。

 これから始まります皆様方の新しいひと月が三輪清浄の精神に裏打ちされた布施行の毎日となりますよう心よりご祈念申し上げます。

 本日はご参拝誠に有難う御座いました。

20193月 薬王山竹韻精舎蔵王寺


 







   2019年2月    随喜の功徳 今月の法話を音声で聞く
   

随喜の功徳

 本日は雪の中、ご参拝頂きまして誠に有難う御座います。早いもので今年もひと月が過ぎ、2月に入りました。2月3日は節分です。古来、私達の先祖は立春の前日に豆をまいて邪気を払い、歳神様をお迎えして新しい年の平穏と幸多い事を祈って来ました。「福は内、鬼は外」と唱えながら豆まきをするのが一般的ですが、私達の金峯山修験本宗では「福は内、鬼も内」と唱えます。「鬼も内」と唱えて豆まきをするのは、全国でも私達のお寺だけではないでしょうか。

 この世に生を授かった者と致しましては、平穏で幸せな生活は今年一年にとどまらず、生涯続いて欲しいと願うものです。そして、出来る事なら、あの世でも極楽に往生して、永遠に幸せな毎日を過ごしたいと願わずにはいられません。極楽浄土に往生する近道は、何と言いましてもこの世での生活を感謝と奉仕の日々で満たす事ではないでしょうか。支えられ生かされている自分を自覚し、支えてくれている人々に感謝の気持ちを抱くと同時に、その気持ちを具体的な行動に移し、世の為、人の為に働かせて頂く事ではないでしょうか。そうする事で「有難う」の言葉で満たされた日々を送る事が出来、幸せな毎日を過ごす事が出来るのではないでしょうか。

 高齢化社会が進み、街のいたる所にケアハウスが立ち並ぶようになりました。ケアの本来の意味は「悲しみを共にする」事だそうです。ですから喜びや苦しみ、悲しみをお互いに共有し合い、分かち合う所がケアハウスなのです。

 私達仏教徒は七仏通戒偈の教えに従い、善行の実践を目指し、陰徳を積む日々を送りたいと願うものですが、「大智度論」では「善を行ずる者より、それを随喜する者の功徳の方が勝る」と教えています。戦後のベビーブーム世代が70代となり、高齢化社会の課題が叫ばれていますが、与えられた日々をいかに心身ともに健やかに生きるかを私達は問われているように感じます。

 イギリスの科学者ニュートンにちなんだ天体の運行から割り出した「ニュートン時間」が有りますが、これに対しフランスの哲学者ベルクソンの名を取った「ベルクソン時間」が有ります。この時間は同じ時間でもその人の感覚や意識によって短く感じたり、長く感じたりする時間の事です。

 これから始まります皆様方の新しいひと月がケア精神に基づく随喜の日々で満たされ、生きがいに支えられ短く感じられる毎日となりますよう心からご祈念申し上げます。

 本日はご参拝誠に有難う御座いました。

2019年2月 薬王山竹韻精舎蔵王寺


 







   2019年1月    遺教経を拠り所として 札幌市/法話/音声
 

遺教経を拠り所として

 

 本日は雪の中、ご参拝頂きまして誠に有難う御座います。

 皆様におかれましてはご家族お揃いで新年をお迎えになられた事とお慶び申し上げます。今年は年号が変わるとの事ですので、まさしく新しい門出の年になりますが、この一年が皆様方に取りまして実り多い豊かな年となりますよう、心よりご祈念申し上げ初護摩を焚かせて頂きました。

 1月の事を正月と申しますが、正しくは「修正の月」と申します。新年を迎え一年の目標を心に誓って日々精進を重ねますが時間の経過に伴い、いつしか初心を忘れ目指した目標とは違った道を歩んでしまう事が御座います。そうした自分を見つめ直し、正しい道に導き直すのが1月で「正しく修正する月」と言う事から正月と呼ばれて来ました。

 「一年の計は元旦にあり」と申しますが、年頭に当たり今年一年の計画を立てられた方も多いのではないでしょうか。私は昭和58年にご縁を頂き得度受戒を授けて頂きましたが、この36年間、不思議に思い、納得いかない現実に直面して来ました。仏教と言いますとイコール葬儀と言える位、亡き人の供養こそが仏教の本義のようになっていますが、お釈迦様の教えを勉強すればする程、そうではない事に気付かされます。

 お釈迦様は「生老病死」と言う苦しみ多きこの世の人生をいかに正しく生きるかを説かれました。今年こそ仏教の原点とも言うべきお釈迦様の教えに少しでも近づく事が出来るよう、努力して日々を過ごして参りたいと願っています。

 具体的にはお釈迦様の命日であります毎月15日に最後の教えを纏めた経典と言われています「遺教経」をお唱えして、お釈迦様の教えを肝に銘じ、忘れる事のないよう精進を重ねて参りたいと思っています。特に出家僧侶が守るべき戒めとしてお示しになられた、悟りに至るために守るべき少欲・知足・遠離・精進・不忘念・正定・修智慧・不戯論という8つの徳目をかみしめ、「少欲・知足」を守り、「勤め励む」事を忘れず、日々努力して参りたいと思っています。

 これから始まります皆様方の新しい一年が、お釈迦様の教えに裏打ちされた仏教徒にふさわしい毎日となりますようご祈念申し上げます。

 本日はご参拝誠に有難う御座いました。 

2019年1月 薬王山竹韻精舎蔵王寺王


 
 



   2018年12月    維摩経に学ぶ





   2018年11月    身口意を整える




 
札幌のお寺行った過去の法話履歴